佐藤想一郎です。


前回のメルマガには、
いつも以上に多くの返信をいただきました。

ありがとうございます。


そこで今日は返信メールを1通
取り上げさせていただいてから、
始めたいと思います。

(名前だけ変えています。)


それでは、Nさんからのメールです!


======ここから======

佐藤さん、こんにちは。Nです。
「一行でも」構わないと書かれていて、なんとなくハードルが下がったような
感じです。久しぶりに書いてみます。

最近ようやく、“循環”を意識するようになりました。
四季・ゴミの分別(リサイクル)・口コミ・親切などなど。

自分が“循環”の一部分だとすると、自分の“在り方”が周りに影響を与える
はずです。それがどういうことなのか、まだよくわかりません。

ただ、落ち込んでいるときには「孤立していている」と考えがちです。
そういうときはたいてい、自分が“循環”の一部分だということを忘れています。

これからはとくに人間関係において、普段はできるだけ楽しく親切で
いるようにして、落ち込んだときには、周りの人や佐藤さんのメールから
ぬくもりを感じて、立ち直ろうと思います。

これまでのさまざまな佐藤さんの発信に、感謝しています。

「感情とエネルギー(基礎)」は2回聞きました。
音声はまるでラジオのような“近さ”があって、とても心地いいです。

======ここまで======


「循環」はこれからの時代、
重要なキーワードになるだろうな、と思います。

物のシェアも、さらに一般的になるでしょうし、
「使ったら、捨てる」的な発想では
ビジネスも社会も持続が難しくなり、
より多くの人が「循環」に関心を持つはずです。

しかし、人々の意識の根底に「循環」が根付いていなければ、
どこかで限界が来そうだな、とも思います。


それは真新しいものではありません。

循環は、自然から当たり前に見つけることができます。


「水」1つとっても・・・

雨が山に降り、

山の土が水を浄化し、

川の水となり、

その水が海に流れ、

太陽の熱で温められた水が蒸発し、

雲になり、

また、雨となって落ちてくる。


自然は「助けあう」という概念すらなく、
当たり前に、影響を与え合っているように見えます。


実は私たち「人」も、よく観察していくと、
かなりの部分でお互いに影響を与え合い、
網の目のようなネットワークの循環の中で、
生きている(生かされている)ことがわかります。


しかしNさんが書いてくださった通り、
落ち込んでいるときは誰でも、
周囲から切り離された感覚になり、
孤立したと思ってしまいがちです。

そういう瞬間は、私にもありますが、
すぐに以下のことを思い出すようにしています。


『今まで、どれだけ、助けてもらってきたか?』


細かいことまで挙げたら、
どこまでも思いついて驚いたことがあります。

親にどれだけ面倒を見てもらったか・・・
という過去のことから、

今この瞬間だけ見ても、
服を作ってくださった人たち、
スマホやPCを作ってくださった人たち、
文字を発明し、使えるようにしてきた人たち。

想像もできないほど、多くの人たちに支えられてきました。


さらに、スピリチュアル的に考えたら、
1人でいるときでさえ、
守護霊さまや守護神さまは見ています。

神様と共に起き、神様と共に歩き、神様と共に仕事をして、神様と共に寝る。

(本当にそうかは別として、そういう見立てです。)


そう考えると「自分1人がやること」なんて1つもなく、
たとえ1人でやってても「みんなでやってるんだな」と思うのです。


たとえば、こうやって1人で文章を書いていても、
文章にはいろいろな人のエネルギー(情報)が含まれます。

そもそもここに書いていることは全て、
誰かから教わったことだったり、
何らかの経験によって気づかせてもらったことだったりします。

この肉体でさえも、自分のものと言えるか?分かりません。


本来、
「100%自分のもの」と言えることは、
たったの1つもない・・・。


でも気を抜くと、
「自分が書いたんだ」「自分の文章だ」
という自意識が顔を出します。

これは循環とは程遠い考え方ですよね。


だから何をするにしても、

『1人でやっているんじゃない』

という意識を思い出すようにしています。


それからは、
こうやって文章を書くときも、
不思議と疲れなくなりました。

みんなで書いているかのように書いて、そして、
読んでくださる人たちとも一緒に、また新たなストーリーを作っていく。

そんな「1つのつながり」の、
ほんの一部分を
自分がやらせていただいている・・・

そういう感覚で書いたら、肩の力が抜けて
心があたたまり、
変に「がんばらなきゃ!」という気持ちも弱まりました。


でも、ついつい私たちは
自分のことばかり考えて
つながりや大きな循環を
忘れてしまいます。


もっと言うと、そういう大切なことを
「忘れるトリガー(引き金)」があるのです。


※ ここから重要です。


たとえば、

・親から嫌なことを言われたとき

・お金のことを考えたとき

・夫婦喧嘩をしたとき

・過去のいやなことを思い出したとき

など

ありとあらゆる「トリガー」が存在し、
人によってひっかる部分は違います。


あなたにも、

「こういう場面(特定の場面)で、
なぜか無性にモヤモヤ&イライラする」

ということはないでしょうか?


そういう、心の癖みたいなもの、
いや、「モンスター」と言った方がいいかもしれませんが、
それが暴れだすと、コントロール不能。

心がギューっと締め付けられ、黒い煙のようなものが充満し、
自動的におかしな行動をとってしまいます。

たとえば、
誰かとの縁を台無しにしたり、
せっかくのチャンスを自ら手放したり、
他人に対して冷たくなってしまったりと、

あとから振り返った時に

「どうしてあんなことをしたんだろう?」

という行動を起こしてしまうのです。


これは、スピリチュアル的に言えば、
「憑依されてる」状態であり、
私たちは「脳がハッキングされる」とも言っています。


解決方法は2つあります。


1つめは、先ほども書いた、
「みんなでやっているんだなあ」という
あたたかい感覚を、
何らかの方法で思い出して、
繋がりや循環を取り戻す方法。


2つめは、モヤモヤする「トリガー」や「心の癖」自体を
根本的に無くすことです。


後者の方が強力なのは書くまでもありませんが、
前者と比べると、難易度は上がります。

非常に複雑で、
まるでごちゃごちゃになったルービックキューブを
元に戻すかのようなものです。

(これに関しては、今、執筆しているレポートでも解説するので、
完成したら読んでいただきたいです。)


1つ言えるのは、

「モヤモヤイライラしている時は、
ほぼ確実に、頭でごちゃごちゃ考えている!」

ということです。

そして頭だけでごちゃごちゃ考えて(悩んで)やったことは、
何かがズレます。


・・・では、どうやったら、
「無心」とか「ゾーン」とか言われる、
脳がクリアーな状態になるのか?


その答えが、前回の

「掃除」

なのです。


もう少し抽象度を上げたら、

「単純作業」

です。


たとえば、
掃除しながら「ありがとうございます」と
何度も心の中で唱えるだけでも、
落ち着いてきます。

(掃除ではなくても、歩きながらでも構いません。)

唱える言葉に関して細かいことを言えば、
普段はあまり使わない呪文みたいな言葉が良いので、
マントラや祝詞、お経が使われることもあります。

ただ、今回の話で言えば、
“循環”がキーワードなので、
「ありがとうございます」でも「感謝します」でも
前向きな言葉なら構いません。


単純作業って、ついつい、
「非効率な時間」「さっさと終わらせたい」と思いがちですが、
実は脳をクリアーにするチャンスで、

私も移動中とか入浴中とか、あまり頭を使わなくても良い時は、
ひたすら何かをぶつぶつと唱えています。

すると余計なことを考えるスキが無くなって、良い感じです。


ぜひお試しいただけたらと思います。